大人の歯列矯正でアーチを広げることはできる?広げられる範囲と方法、リスク、抜歯矯正との選び方

大人の歯列矯正でアーチを広げることはできる?広げられる範囲と方法、リスク、抜歯矯正との選び方

「歯を抜かずに矯正したいけれど、大人でもアーチを広げて歯を並べられるのだろうか」

「歯並びの幅が狭く、ガタガタしているのが気になる」

「アーチを広げると、口元が出たり顔が大きく見えたりしないか心配」

歯列矯正を考え始めて「アーチを広げる」という治療を知り、ご自身の歯並びにも使えるのか気になっている方もいらっしゃるのではないでしょうか。大人でも歯列矯正でアーチを広げることはできますが、成長期のお子様のように顎の骨の幅から広げるのではなく、主に歯の傾きを変えて歯列の幅を広げる方法になります。そのため、広げられる量には歯を支える骨の範囲による限りがあり、ガタガタの程度や口元、噛み合わせによっては、ほかの方法や抜歯矯正と組み合わせることもあります。

このページでは、「大人の歯列矯正でアーチを広げるとはどういうことか」「大人と子どもの違い」「アーチを広げる方法」「抜歯せずに治せるかの考え方」「リスクと注意点」について、当院の症例も交えながら、インビザライン社公認講師(アラインエデュケーター)である副院長・野崎雄介がご説明いたします。歯を抜かずに矯正できるかを知りたい方の参考になれば幸いです。

目次

大人の歯列矯正で「アーチを広げる」とはどういったこと?

歯列矯正で「アーチを広げる」とは、歯が並んでいるU字形のカーブ(歯列弓)の幅や大きさを広げて、歯がきれいに並ぶためのスペースを作ることです。

歯並びのガタガタ(叢生:そうせい)の多くは、歯の大きさに対して、歯が並ぶ場所が足りないことで起こります。並ぶ場所が足りないと、歯は重なり合ったり、前や内側にずれたりして並びます。アーチを広げて歯が並ぶ場所を増やすことは、歯を抜かずにスペースを作る方法の一つです。

ここでは、歯列のアーチとは何か、アーチをどの方向に広げるのかを、順にご説明します。

歯列のアーチ(歯列弓)とは、歯が並ぶU字形のカーブのこと

歯列のアーチとは、歯が並んでいる列の形のことで、歯科では「歯列弓(しれつきゅう)」と呼びます。お口の中を上から見ると、歯は前歯から奥歯まで、アルファベットのUのような形のカーブを描いて並んでいます。

アーチの形や幅は、人によって異なります。アーチの幅が十分にある方では、歯が重ならずにきれいに並びやすくなります。一方で、アーチの幅が狭い方では、すべての歯が並びきらず、歯が重なってガタガタになったり、前歯が前へ押し出されたりすることがあります。上から見たときに、U字ではなく、前の方がとがったV字に近い形になっている方もいらっしゃいます。

アーチの幅が狭くなる背景としては、顎の大きさのほか、舌や頬、唇から歯にかかる力のバランスなどが挙げられます。歯は、内側からは舌に、外側からは頬や唇に押されていて、その力のつり合う位置に並んでいます。舌の位置が低く、内側から歯列を支える力が弱いと、歯列が内側へ狭まりやすくなると考えられています。

ご自身のアーチの幅がどのくらいか、歯が並ぶ場所がどのくらい足りないかは、見た目だけでは判断できません。歯型のスキャンやレントゲンなどの検査で確かめていきます。

アーチを広げる方向には、横に広げる側方拡大と前に広げる前方拡大がある

アーチを広げる方向には、大きく分けて2つあります。

1つは、歯列の幅を左右に広げる「側方拡大(そくほうかくだい)」です。奥歯や小臼歯(前から4番目・5番目の歯)を少しずつ外側へ動かし、アーチの横幅を広げます。一般に「アーチを広げる」と言われるときは、この側方拡大を指すことが多いです。

もう1つは、前歯を少し前へ傾けて、歯列を前に広げる「前方拡大(ぜんぽうかくだい)」です。前歯が内側に倒れ込んでいる場合などに、前歯を起こすようにして前へ広げることで、歯が並ぶ場所を増やします。

大人の歯列矯正では、ガタガタの程度、口元の状態、噛み合わせなどを見て、どちらの方向にどのくらい広げるかを決めます。側方拡大と前方拡大を組み合わせることもあります。なお、前方拡大は、前歯が前へ出る方向の動きでもあるため、口元の状態によっては注意が必要です。この点は、後ほどリスクのところでご説明します。

大人でも歯列矯正でアーチを広げることはできる?子どもとの違い

大人でも、歯列矯正でアーチを広げることはできます。ただし、子どものように上顎の骨の幅から広げるのではなく、主に歯の傾きを変えて歯列の幅を広げる方法になります。

「アーチを広げる」という言葉は、子どもの矯正でも大人の矯正でも使われるため、同じ治療だと思われている方も多いかもしれません。しかし、成長期の子どもと大人とでは、広げられる部分と広げ方が異なります。ここでは、成長期の子どもと大人で、アーチの広げ方がどう違うのか、なぜ違うのかをご説明します。

成長期の子どもは、上顎の骨の幅から広げられることがある

上顎の骨は、左右の2つの骨が真ん中でつながってできています。このつなぎ目を「正中口蓋縫合(せいちゅうこうがいほうごう)」と呼びます。成長期の子どもでは、このつなぎ目がまだしっかりとつながっていません。

そのため、成長期の子どもでは、奥歯に固定した装置でつなぎ目を少しずつ押し広げ、上顎の骨の幅そのものを広げられることがあります。代表的な装置が、急速拡大装置です。骨の幅から広げることで、永久歯がきれいに並ぶためのスペースを作れます。

当院でも、成長期のお子様に急速拡大装置を使って治療を行っています。治療開始時13歳の中学生男性の症例では、まず8ヶ月間、急速拡大装置で顎の幅を広げて歯が並ぶスペースを作り、その後インビザラインで歯列全体を整えました。急速拡大装置とインビザラインを併用することで、抜歯を行わずに歯並びを改善しています。

  • 年齢・性別:中学生男性(治療開始時13歳)
  • 主訴:ガタガタが気になる
  • 治療内容:急速拡大装置+インビザラインアドバンス
  • 治療期間:2年8ヶ月
  • 費用:1,034,000円(税込)(保険適用外の自費診療)
  • リスク・副作用:全ての方で、疼痛、咬合痛、歯根吸収、歯肉退縮、歯髄壊死が生じる可能性があります。
  • 注意事項:指定した時間、マウスピースをつけていただけない場合は治療期間が長くなる場合があります。

>>急速拡大装置とインビザラインで、抜歯せずに治療した中学生の症例はこちら

このように、成長期には骨の幅から広げるという方法をとれることがあります。では、成長が終わった大人ではどうなるのでしょうか。

大人は上顎の骨のつなぎ目がつながり、骨の幅を広げるのは難しいことが多い

成長が終わると、正中口蓋縫合の骨どうしが少しずつつながっていきます。つなぎ目がつながった状態では、子どもと同じように装置で押し広げても、骨の幅そのものを広げることは難しくなります。

5.6歳〜58.4歳の140名を対象に、CT(歯科用のコーンビームCT)で正中口蓋縫合を調べた研究では、つなぎ目のつながり方は成長とともに進み、女子では11歳以降に、つなぎ目がつながった状態が見られたと報告されています。一方で、14歳〜17歳の男子では、13名中3名で一部がつながっていた程度で、つながる時期には個人差があることも示されています。

つまり、この研究からは、つなぎ目がつながる時期は年齢だけでは決められず、一人ひとり確かめる必要があることが分かります。そのうえで、一般に成長が終わった大人では、つなぎ目がつながっていて、骨の幅から広げるのは難しいことが多いとされています。そのため、大人のアーチ拡大は、骨の幅を広げるのではなく、歯の並ぶ位置を広げる治療が中心になります。

大人のアーチ拡大は、主に歯の傾きを変えて歯列の幅を広げる

大人の歯列矯正でアーチを広げるときは、歯を支える骨(歯槽骨:しそうこつ)の範囲の中で、歯を少し外側へ傾けたり動かしたりして、歯列の幅を広げます。顎の骨そのものではなく、歯と、歯を支える骨の部分で広げることから、「歯槽性の拡大」と呼ばれます。

成長が終わった20歳〜42歳の50名を対象に、抜歯や補助装置を使わずにマウスピース矯正で治療した前後をCTで比べた研究があります。この研究では、上の第一小臼歯の先端どうしの幅が平均3.44mm、第二小臼歯で平均3.14mm広がり、歯を支える骨の幅にも変化が見られたと報告されています。

つまり、大人でも、マウスピース矯正で歯列の幅を広げることはできるということです。ただし、この数字はこの研究に参加した方々の平均で、広げられる量は、歯を支える骨の厚み、もともとの歯の傾き、歯ぐきの状態などによって、一人ひとり異なります。ご自身の場合にどのくらい広げられるかは、精密検査で歯と骨の状態を確かめて判断します。

大人の歯列矯正でアーチを広げる方法

大人の歯列矯正でアーチを広げる方法には、マウスピース矯正で広げる方法と、ワイヤー矯正や補助装置を使って広げる方法があります。また、骨格の幅の不足が大きい場合には、骨の幅を広げる別の治療を検討することもあります。

ここでは、それぞれの方法の特徴を順にご説明します。

マウスピース矯正で、歯列を少しずつ広げる

マウスピース矯正では、治療を始める前に、歯をどのように動かすかを3Dシミュレーションで計画します。このとき、歯列をどの部分でどのくらい広げるかも決めておきます。マウスピースは、計画に合わせて少しずつ形を変えて作られていて、マウスピースを交換するたびに、歯列が少しずつ広がっていきます。

マウスピース矯正では、歯列を広げながら、歯のガタガタやねじれ、傾きを同時に整えられます。歯列を広げる動きだけを先に行うのではなく、歯並び全体の動きと組み合わせて計画できる点が特徴です。

また、マウスピースは取り外しができるため、食事や歯みがきを普段どおりに行いやすく、透明で目立ちにくい装置です。お仕事や人と会う機会の多い大人の方にとっては、治療を続けやすい方法の一つといえます。

一方で、マウスピース矯正では治療が難しいケースもあります。ご自身の歯並びがマウスピース矯正で広げられるかどうかは、精密検査の結果をもとに判断します。

>>マウスピース矯正が難しいケースと、当院の対応範囲について詳しくはこちら

マウスピース矯正では、奥歯ほど計画どおりに広がりにくい

マウスピース矯正でアーチを広げるときに知っておきたいのが、計画どおりに広がりやすい歯と、広がりにくい歯があることです。

成人64名を対象に、マウスピース矯正の治療計画で予定した歯列の幅と、治療後の実際の幅を比べた研究では、上顎で平均72.8%、下顎で平均87.7%の正確さだったと報告されています。上顎では、奥歯に近いほど計画とのずれが大きく、歯の根ごと平行に動くよりも、歯が傾く形で広がることが多かったとされています。

また、成人20名を対象に、マウスピース矯正で上顎の歯列を広げた研究では、計画に対して実際に広がった割合が、犬歯で平均約80%、第一小臼歯で約76%、第二小臼歯で約73%、第一大臼歯で約68%と、奥歯ほど低くなっていました。さらに、第一大臼歯を根ごと平行に外側へ動かせた割合は、平均で約36%にとどまったと報告されています。また、人を対象とした15の研究(無作為化していない比較研究)をまとめたレビューでも、上顎では前から奥へ向かって効率が下がるとされています。

つまり、マウスピース矯正の拡大は、奥歯ほど計画より少なめになりやすく、歯が傾く形で広がりやすいということです。そのため、治療計画の段階で奥歯の広げる量や歯の根の向きを考えて設定したり、治療の途中で歯の動きを確かめて調整したりすることが大切です。計画どおりに広がらなかった部分は、途中で歯並びをスキャンし直し、追加のマウスピースで調整することもあります。

>>歯の動きやすさと、治療計画のシミュレーションと実際の動きの差について詳しくはこちら

ワイヤー矯正や、歯列を広げる補助装置を使う

ワイヤー矯正でも、アーチを広げることができます。ワイヤー矯正では、歯の表面に付けた装置(ブラケット)にワイヤーを通し、ワイヤーの形や太さを調整しながら、歯列の幅を広げていきます。

また、歯の裏側に固定して歯列を広げる補助装置を、ワイヤー矯正と組み合わせて使うこともあります。補助装置は、奥歯を外側へ押し広げる力をかけやすく、主に奥歯の幅を広げたい場合に使われます。

ただし、ワイヤー矯正でも補助装置でも、大人の場合は、歯を支える骨の範囲の中で歯を動かして広げる点は、マウスピース矯正と同じです。装置を変えれば骨の幅まで広げられる、というわけではありません。どの装置が合っているかは、広げたい量や部位、歯並び全体の状態によって異なります。

骨格の幅の不足が大きい場合は、骨の幅を広げる治療を検討することもある

上顎の骨格の幅が、下顎に比べて大きく足りない場合もあります。例えば、奥歯の一部で、上の歯が下の歯よりも内側で噛んでいる状態(交叉咬合:こうさこうごう)が強い場合などです。このようなケースでは、歯の傾きを変えるだけでは、上下の歯列の幅の差を埋めきれないことがあります。

大人でも、上顎の骨の幅を広げる方法として、矯正用アンカースクリュー(顎の骨に固定する小さなネジ)を併用した拡大装置(MARPE)や、外科的な処置を組み合わせる方法があります。ただし、いずれもマウスピース矯正だけで行う歯列の拡大とは別の治療で、適しているかどうかは骨格の状態によって異なります。

骨格の幅の不足がどの程度あるのか、歯列の拡大で対応できる範囲なのかは、精密検査の結果をもとにご説明します。

歯列矯正でアーチを広げれば、大人でも抜歯せずに治せる?

ガタガタが軽度から中等度で、歯を支える骨の範囲に余裕がある場合は、アーチを広げることで、大人でも抜歯せずに治せることがあります。ただし、アーチを広げて作れるスペースには限りがあり、すべてのケースで抜歯を避けられるわけではありません。

「できれば歯は抜きたくない」というお気持ちは、矯正を考える多くの方に共通するものです。ここでは、アーチを広げて作れるスペースの限り、ほかの方法との組み合わせ、抜歯矯正のほうが適しているケースを順にご説明します。

アーチを広げて作れるスペースには限りがある

前述のとおり、大人のアーチ拡大は、歯を支える骨の範囲の中で歯を傾ける動きが中心です。歯を支える骨の幅には限りがあるため、広げて作れるスペースにも限りがあります。

歯並びを整えるために必要なスペースは、ガタガタの程度によって変わります。ガタガタが軽ければ、少し広げるだけで歯が並ぶこともあります。一方で、歯の重なりが大きく、必要なスペースが多い場合は、アーチを広げるだけでは足りなくなります。

そのため、歯列矯正では、まず歯並びを整えるのに必要なスペースの量と、アーチを広げて作れる量を、歯型のスキャンやレントゲンなどの精密検査で確かめます。そのうえで、アーチを広げるだけで足りるのか、ほかの方法と組み合わせる必要があるのかを考えていきます。

アーチを広げることに、歯をわずかに削る・奥歯を後ろへ動かすことを組み合わせてスペースを作る

歯を抜かずにスペースを作る方法は、アーチを広げる方法だけではありません。主な方法として、次の2つがあります。

1つは、IPR(アイピーアール)です。IPRは、歯と歯が接している側面を、ごくわずかに削ってスペースを作る処置です。削るのは歯の表面のエナメル質の範囲で、1か所あたりの量はわずかですが、複数の歯で行うことで、歯列全体としてスペースを作れます。

もう1つは、遠心移動(えんしんいどう)です。遠心移動は、奥歯を後ろへ動かして、歯列の中にスペースを作る方法です。奥歯を後ろへ動かすと、その分だけ歯列の中にスペースが生まれ、そのスペースを使って前歯を並べたり、後ろへ下げたりできるようになります。

大人の非抜歯矯正では、アーチを広げる方法、IPR、遠心移動のどれか1つだけで必要なスペースをまかなうのではなく、歯並びに合わせて組み合わせることが多いです。それぞれの方法で作れるスペースにも限りがあり、IPRは歯の大きさやエナメル質の厚み、遠心移動は奥歯の後ろの骨の余裕や親知らずの有無などによって、作れる量が変わります。

>>親知らずと遠心移動の関係、抜かずに治療した例について詳しくはこちら

口元の突出が強い場合などは、抜歯矯正のほうが適していることもある

アーチを広げると、歯は外側や前側へ傾く方向に動きます。そのため、もともと口元が前に出ている方では、アーチを広げることで、口元がさらに前に出た印象になることがあります。また、上下の歯の前後の位置のずれが大きい場合は、アーチを広げるだけでは、噛み合わせを整えきれないことがあります。

このような場合は、小臼歯などを抜歯して、そのスペースを使って前歯を後ろへ下げる抜歯矯正のほうが、口元や噛み合わせを整えやすいことがあります。

それでも「歯を抜きたくない」とお考えの方もいらっしゃいます。抜歯矯正と非抜歯矯正で、口元や噛み合わせがどのように仕上がるかの違いを知ったうえで選ぶことが大切です(当院での進め方は後ほどご説明します)。

抜歯矯正と非抜歯矯正のどちらが適しているかは、歯を並べるスペースの量だけで決まるものではありません。口元の状態、噛み合わせ、前歯の傾きなどを合わせて考える必要があります。

>>口元の突出が強い場合の、抜歯矯正と抜歯しない場合の方法について詳しくはこちら

>>八重歯の矯正で、抜歯矯正と非抜歯矯正を判断する基準について詳しくはこちら

当院の症例|大人の歯列矯正でアーチを広げて、抜歯せずに治療したケース

ここでは、抜歯を検討する程度のガタガタがありながら、アーチを広げる方法とIPRを組み合わせて、抜歯せずに治療した20代女性の症例をご紹介します。掲載にあたっては、患者様の同意をいただいています。

治療前の状態|強いガタガタと、深い噛み合わせがあった

治療開始時19歳の大学生の女性です。上下の前歯のガタつきに加えて、「前歯で噛めない」「噛みにくく食事がしづらい」という噛み合わせのお悩みもあり、ご相談に来院されました。

治療前は、歯のガタガタが強く、歯が内側に傾いていました。顎が小さく、また舌の位置も下がっていた可能性があり、内側から歯列を支える力が弱く、歯が内側に傾いてしまっていたと考えられます。

また、噛み合わせが深く、上の前歯が下の前歯に深くかぶさっている状態(過蓋咬合:かがいこうごう)でした。下の前歯の歯列も狭く、ガタガタがありながら、深く噛み込んでいる状態でした。

治療方針|抜歯すると噛み合わせが深くなるため、アーチを広げる方法を選んだ

この症例では、ガタガタの程度だけを見ると抜歯したいところでした。しかし、上の歯を抜歯すると、抜いたスペースを閉じる過程で前歯がさらに内側に入り、噛み合わせが深くなる方向に動いてしまいます。そのため、抜歯はせずに治療を進めることにしました。

一般に、内側に倒れた前歯を起こすと、前歯の先端が前へ移動するため、上下の前歯の重なりは浅くなる方向に向かいます。そのため、アーチを広げて前歯を起こす方法は、ガタガタを並べるスペースを作りながら、深い噛み合わせを悪化させにくい方法の一つと考えられます。

>>過蓋咬合の治療と顔の変化について詳しくはこちら

治療内容と結果|アーチを広げる方法とIPRを組み合わせ、1年8ヶ月で歯並びと噛み合わせを整えた

治療はマウスピース矯正(インビザライン)で行い、アーチを広げる方法と、歯をわずかに削るIPRを組み合わせて、歯を並べるスペースを作りました。下の歯列は、前歯を沈める動き(圧下:あっか)をしながら、横だけでなく前にも広げるように計画しています。

治療期間は1年8ヶ月で、大学生のうちに治療を終えることができました。歯並びが整っただけでなく、噛み合わせも整い、前歯でしっかり噛めるようになっています。

この患者様は、口の中に物が入ることや、長時間口を開けることが苦手で、歯科治療そのものに強い不安を感じていらっしゃいました。カウンセリングで不安や苦手なことを伺い、無理のないペースで治療を進めています。治療後には、「無理のないペースで進めてもらえたので、安心して矯正を受けることができました」とのご感想をいただきました。

  • 年齢・性別:20代女性(治療開始時19歳)
  • 主訴:前歯のガタガタと噛み合わせが気になる
  • 治療内容:歯全体のマウスピース矯正システム「インビザラインフル」を用いた治療(非抜歯)
  • 治療期間:1年8ヶ月
  • 費用:924,000円(税込)(保険適用外の自費診療)
  • リスク・副作用:全ての方で、疼痛、咬合痛、歯根吸収、歯肉退縮、歯髄壊死が生じる可能性があります。
  • 注意事項:指定した時間、マウスピースをつけていただけない場合は治療期間が長くなる場合があります。

ただし、アーチを広げてどのくらいスペースを作れるか、抜歯せずに治療できるかは、人によって異なります。実際に検査を行い、シミュレーションをしなければ判断できません。同様の治療を希望される方は、まずは一度当院にご相談ください。検査結果をもとに、どのような治療が可能か、丁寧にお話しさせていただきます。

>>当症例の写真や詳細はこちら

大人の歯列矯正でアーチを広げるときのリスクと注意点

ここまで当院の症例を元に解説を行ってきましたが、あくまでも一例であり、ほかの方でも同じ結果になるわけではありません。ここでは改めて、大人の歯列矯正でアーチを広げるときに知っておきたいリスクと注意点を、その対処とあわせてご説明します。

広げすぎると、歯ぐきが下がる(歯肉退縮)ことがある

歯は、歯を支える骨(歯槽骨)の中に根が埋まった状態で並んでいます。アーチを広げるときに、この骨の幅を超えて歯を外側へ傾けすぎると、歯の根を覆っている骨や歯ぐきが薄くなり、歯ぐきが下がる「歯肉退縮(しにくたいしゅく)」が生じることがあります。歯ぐきが下がると、歯が長く見えたり、歯の根の部分が出て冷たいものがしみやすくなったりすることがあります。

矯正治療での前歯の傾きと歯肉退縮の関係を調べた、動物実験6件と人の研究11件、計17の研究をまとめたレビューでは、前に大きく傾けた前歯では、傾きの小さい前歯や治療していない前歯に比べて、歯肉退縮が多い、または程度が大きい傾向を示した研究が多かったと報告されています。また、歯を支える骨の範囲の外へ前歯を動かすと、歯肉退縮が起こりやすくなる可能性も示されています。ただし、見られた差は小さく、研究の質も高くないため、結果は慎重に受け止める必要があるとされています。

つまり、前歯を骨の範囲の外へ動かすと、歯ぐきが下がるリスクが高まる可能性があるため、骨の範囲を超えて無理に広げないことが大切だということです。歯肉退縮のリスクを抑えるには、治療前に、どこまで広げられるかを精密検査で確かめておくことが大切です。また、治療中も歯ぐきの状態に変化がないかを確認しながら進めていきます。

前に広げると、口元が前に出ることがある

前方拡大で前歯を前へ傾けると、歯の位置に合わせて唇も前へ押されるため、口元が前に出た印象になることがあります。前歯が内側に倒れ込んでいる方では、前歯を起こすことで口元のバランスが整うこともあります。一方で、前述のとおり、もともと口元が前に出ている方では特に注意が必要です。

歯並びを整えたあとに「口元が出てしまった」と感じないためには、治療前に、どの方向にどのくらい広げると、口元がどのように変わるかを確かめておくことが大切です。3Dシミュレーションで歯並びの変化を確かめるとともに、横顔のレントゲン(セファロ)などの精密検査で、歯の傾きと口元のバランスを確認しておくと、治療後に口元が出たと感じる可能性を減らせます。

口元の出方が気になる方は、アーチを広げる方法だけでなく、IPRや遠心移動、抜歯矯正も含めて、どの方法なら口元を整えやすいかを担当の歯科医師に確かめてみてください。

広げた歯列は後戻りしやすく、リテーナーで安定させることが大切

矯正治療で広げた歯列には、頬や唇の力などによって、元の幅に戻ろうとする力がかかります。歯が元の位置に戻ろうとすることを「後戻り」と呼びます。特に、歯を外側へ傾けて広げた部分は、治療が終わってからも元の位置へ戻ろうとすることがあります。

後戻りを防ぐために、矯正治療で歯を動かし終えたあとは、リテーナー(保定装置)を使って、整えた歯並びを安定させる期間を設けます。歯を支える骨や歯ぐきが新しい歯の位置に落ち着くまでには時間がかかるため、歯を動かす期間と同じように、保定の期間も治療の一部です。

保定の期間やリテーナーを使う時間は、歯並びや広げた量などによって異なります。担当の歯科医師から指示された期間と時間を守ってリテーナーを使っていただくことが大切です。

>>インビザラインのリテーナーはいつまで使うのかについて詳しくはこちら

大人の歯列矯正でアーチを広げる治療で、当院が大切にしていること

大人の歯列矯正でアーチを広げる治療では、広げられる量の見極めと、どの方法でスペースを作るかの判断が、仕上がりに大きく関わります。ここでは、アーチを広げる治療で当院が大切にしていることを2つご紹介します。

>>担当医の実績と治療方針について詳しくはこちら

インビザライン社公認講師の副院長が計画から毎回のチェックまで担当

当院では、インビザライン社公認講師である副院長の野崎が、治療計画の立案から毎回のチェックまで一貫して担当しています。担当する歯科医師が途中で替わらないため、治療計画を立てたときの考え方のまま、歯の動きを確かめて調整を重ねていくことができます。歯を動かすときは、歯と骨との関係を見て、無理のない範囲で行うことを大切にしています。

バーチャルケアとは、スマートフォンで撮影したお口の写真から、通院の合間も歯の動きやマウスピースの状態を確かめる遠隔モニタリングの仕組みです。バーチャルケアをご利用の方は、来院の間も、専用アプリで送っていただいたお口の写真をもとに、歯の動きを確認しています。マウスピースが浮いていないか、計画どおりに進んでいるかを早い段階で把握できるため、計画とのずれに早く気づき、必要に応じて治療計画を調整できます。

マウスピース矯正でも抜歯矯正に対応し、アーチを広げる以外の方法も比べて計画する

当院では、マウスピース矯正で抜歯矯正にも対応しています。そのため、マウスピース矯正だから非抜歯矯正で進める、という装置の都合で治療方法を決める必要がありません。アーチを広げる方法、IPR、遠心移動、抜歯矯正のどれが合っているのか、あるいはどう組み合わせるのかを、ガタガタの量、口元の状態、噛み合わせから考えることができます。

治療方法を選んでいただくうえで役立つのが、シミュレーションです。初回のご相談では、口腔内スキャナーで歯並びをスキャンし、治療後の歯並びのシミュレーションをご確認いただけます。横顔の変化は、精密検査の結果をもとに確認していきます。

歯並びや口元の変化の見通し、それぞれの方法のメリットと注意点をご説明したうえで、どの治療方法にするかは患者様に決めていただいています。「歯を抜かずに治したい」というご希望がある方も、まずはどこまで対応できるかを一緒に確かめていきましょう。

大人の歯列矯正でアーチを広げることに関するよくある質問

最後に、大人の歯列矯正でアーチを広げる治療について、患者様からよくいただく質問にお答えします。

大人が歯列矯正でアーチを広げる場合、期間はどのくらいですか?

アーチを広げる動きは、歯並び全体の矯正の中で、ほかの歯の動きと一緒に進めていくため、拡大だけの期間を分けてお示しするのは難しいです。期間は、ガタガタの程度や、歯を動かす量、噛み合わせの状態などによって異なります。

一例として、このページでご紹介した20代女性の症例では、アーチを広げる方法とIPRを組み合わせ、治療期間は全体で1年8ヶ月でした。ご自身の場合の期間の目安は、検査の結果をもとにご説明します。

>>大人の歯列矯正にかかる期間について詳しくはこちら

歯列矯正でアーチを広げる費用はどのくらいですか?

マウスピース矯正でアーチを広げる場合は、歯並び全体の矯正の中で行うため、費用は全体矯正の費用になります。

当院の費用の目安は、次のとおりです。いずれも保険適用外の自費診療です。

  • インビザラインフル(枚数無制限の全体矯正):840,000円(税抜)/924,000円(税込)
  • 精密検査:15,000円(税抜)

当院ではトータルフィー制度を採用しており、通院ごとの調整料はかかりません。どの治療が適しているかによって費用が変わるため、詳しくはご相談時にご説明します。

>>費用について詳しくはこちら

歯列矯正でアーチを広げると、顔が大きくなりますか?

大人の歯列矯正でアーチを広げても、顔の骨格の大きさが変わるわけではありません。大人のアーチ拡大で広げるのは、歯の並ぶ位置で、変化は歯列の数ミリの範囲です。

ただし、前述のとおり、前歯を前へ傾けて広げると、口元が前に出た印象になることがあります。

急速拡大装置は大人でも使えますか?

急速拡大装置は、主に成長期の子どもに使う装置です。前述のとおり、大人では上顎の骨のつなぎ目がつながっていることが多いため、子どもと同じように急速拡大装置で骨の幅を広げる治療は、一般的ではありません。

大人で骨格の幅の不足が大きい場合の治療方法は、精密検査の結果をもとにご説明します。急速拡大装置の仕組みや、使ったときの顔の変化については、別のコラムで詳しくご説明しています。

>>急速拡大装置による顔の変化について詳しくはこちら

まとめ:大人の歯列矯正でアーチを広げられるかは、骨の範囲と口元・噛み合わせで決まります

大人でも、歯列矯正でアーチを広げることはできます。ただし、成長期の子どものように上顎の骨の幅から広げるのではなく、歯を支える骨の範囲の中で、主に歯の傾きを変えて歯列の幅を広げる方法になります。

マウスピース矯正でも歯列の幅を広げることはできますが、奥歯ほど計画より少なめに広がりやすいため、計画の立て方と治療中の確認が大切です。また、アーチを広げて作れるスペースには限りがあり、ガタガタの量や口元、噛み合わせによっては、IPRや遠心移動、抜歯矯正と組み合わせることもあります。

広げすぎによる歯肉退縮、前に広げたときの口元の変化、治療後の後戻りにも注意が必要です。ご自身の歯並びでアーチをどのくらい広げられるのか、抜歯せずに治せるのかは、精密検査とシミュレーションで確かめることができます。

当院では、副院長が治療計画の立案から毎回のチェックまで一貫して担当し、歯と骨との関係を見ながら、無理のない範囲で治療を計画しています。大人の歯列矯正やアーチを広げる治療についてのご相談やカウンセリングをご希望の方は、お気軽にご予約ください。

>>矯正相談の流れについて詳しくはこちら

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4. Zhou N, Guo J. Efficiency of upper arch expansion with the Invisalign system. Angle Orthod. 2020;90(1):23-30. https://doi.org/10.2319/022719-151.1(成人20名で、インビザラインによる上顎の拡大の達成率と歯の動き方を調べた研究)

5. Ma S, Wang Y. Clinical outcomes of arch expansion with Invisalign: a systematic review. BMC Oral Health. 2023;23(1):587. https://doi.org/10.1186/s12903-023-03302-6(インビザラインによる歯列の拡大を調べた15の研究をまとめたレビュー)

6. Joss-Vassalli I, Grebenstein C, Topouzelis N, Sculean A, Katsaros C. Orthodontic therapy and gingival recession: a systematic review. Orthod Craniofac Res. 2010;13(3):127-141. https://doi.org/10.1111/j.1601-6343.2010.01491.x(矯正治療での前歯の傾きと歯肉退縮の関係を調べた17の研究をまとめたレビュー)